構想、調査と設計

 

今回のジオラマは間違いなく北前船が中心となります。
 問題は複雑な曲線だらけの模型を作ることができるのかということです。
 全国に多くの弁財船・北前船の模型が保存されていますが、そのほとんどは、実際の船を作った船大工が船主に贈った物であり、それが神社に奉納されたり、さらに博物館に移されたりして現在に至っています。
 弁財船・北前船の造船技術に関する資料は書籍でもWeb上でも充分とはいえず、曲木など技術的な課題もありました。
 いろいろな難しさがあるといっても、お世話になった厚田に新設される道の駅に、作品を展示できる機会をいただいたことは望外の喜びです。全力で、作品作りに取り組むことにしました。

 

(*ここからは、作業の様子を具体的に書いていきます。膨大な分量になります*)


構想と制作に当たっての調査

 どのような作品を作るかという構想は別のページで説明しています。
 弁財船・北前船については、書籍や公開されている情報で調べました。その結果、次のようなことが明らかになってきました。
・弁財船には、大きさや時代にかかわらない基本型があり、すべての部材に名前が付けられている。
・地方や造船された年代によって、基本型から変化した形態になっている。
 北前船の場合、日本海の荒波に耐える強度と松前藩の税金徴収の過酷さを逃れる対策から、18世紀後期以降は、絵馬や写真を一見して、「どんぐり」と称され、一般的な弁財船と見分けることができるほどの外見的な特徴を持つにいたりました。また、下船梁と中船梁の一体化という内部構造の独自性を持つことになりました。 
(松前藩は、船の大きさを表す石高について、一般の基準とは異なり、荷済みをしたまま測る方法を用い、帆柱と交差する位置にある「腰当船梁の幅」、甲板に見える「梁の間隔」、「側舷の深さ」を元に計算して課税しました。このため、課税の基準となる帆柱の部分を狭くし、前方を極端に幅広とし、前後のそりが極端な「どんぐり」と称される形態を持つにいたりました。当然、航行速度などは犠牲となりました。)

 

 資料調査と図面づくり

 絵馬や写真からは、19世紀後期の北前船の特色がはっきりとわかってきましたが、設計図にあたる板図のうち平面図は、書籍等やWebから入手できませんでした。
 北前船の側面図と、一般的な弁財船から推定で変形させた平面図を元に、CADで設計図を作図してみましたが、いびつさが残り納得できる図面にはなりませんでした。
 いったん制作を開始すると、相当な時間と労力を要することは明らかで、しかも完成後の修正は不可能です。また、道の駅に展示していただく以上、多くの方の目に触れることになります。中途半端な調査と設計で、制作を始めたくないという気持ちが強まりました。


調査:最高の北前船資料は佐渡の白山丸

 弁財船の平均寿命はおよそ20年といわれており、当時の実船は残っていません。
実物大の復元船が、資料として最良と考えました。 
青森市のみちのく北方漁船博物館で建造され、航行可能な復元船として注目されていた「みちのく丸」は、この時期、調査できない状態でした。
公開されている写真や情報から、細部まで非常に正確であること、工法も可能な限り当時の通り再現されていることがわかった佐渡市宿根木の佐渡国小木民俗博物館にある「白山丸」を見てみたいと考えました。「白山丸」が正確に再現された理由として、宿根木で発見された多くの板図の中で正確な側面図・平面図と、細部の特色がわかる船絵馬が共に残る「幸栄丸」を資料としていることもわかりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

佐渡での調査

  「白山丸に会いに佐渡に行きたい」という想いが募ってきました。平成27年11月下旬に日程の空白があったため、旅行計画を立てました。出発までの日程の余裕が少なすぎたので、一般見学者の立場でやむを得ないと思っていましたが、市文化財課工藤課長のはからいで、佐渡市教育委員会の協力をいただくことが可能になりました。

 

 

 博物館に隣接した展示館では、佐渡市立博物館館長の高藤一郎平さんが待っていてくださいました。高藤さんは、宿根木出身で、白山丸建造に、当時小木町立だった佐渡国小木民俗博物館の学芸員としてきわめて深くかかわった方です。平成の大合併で、全島の10市町村が佐渡市になった後に市立博物館に異動し、現職に就かれています。

 

 

船の内部も詳しく調べさせていただいた。    デジタル距離測定器 

 

根木の町並。

 

石置の屋根が今も残る。

  白山丸と北前船全般にかかわって、熱い情熱をお持ちで、話題が尽きない方です。昼食をはさんで午後まで、説明をしていただきました。北前船の構造や工夫から、佐渡が北前船の重要な拠点となった背景としての地形的、地理的な特色や宗教にまで話題が及び、摩崖石仏が残される岩屋遺跡なども案内していただきました。
 また、白山丸友の会の石塚会長さんともじっくりとお話をさせていただく時間があり、白山丸復元の「言いだしっぺ」としての想いをお聞きすることができました。
 何よりありがたかったのは、白山丸の元となった幸栄丸の板図の赤外線写真データをいただくことができたことです。側面図だけでなく平面図を鮮明に見ることができました。
 2日目の日曜日、白山丸を再訪し、写真を細部も含め心ゆくまで撮影しました。また、デジタル機器を駆使して、寸法や角度を計測し記録することもできました。
 佐渡では、北前船時代の人々の姿が思い描けるような貴重な体験をさせていただきました。

 


制作の準備

図面の書き直し

 板図データをCADのベースレイヤに配置し、写真と実測寸法をもとに、図面を引き直しました。シート数で約60枚、おそらく100時間程度はかかっています。どの角度から見ても、納得のいく形になりました。

 図面から部材表も書き出しました。部材数は215点になりました。左右で複数の部材も多いので、総数は500程度になる予定です。エクセルの表なので、材種と厚み順にソートして、同じ素材から部品を切り出していきます。

 

材料の調達

 各部の部品はできるだけ実際と同じ木材を使用することにしました。白山丸の部材ごとの樹種は、白山丸友の会発行の「時代に帆をあげて」で紹介されています。北陸で建造された北前船の一般的な構成材と同様です。


①  欅(けやき) 

 強度を要する部分と外観を美しく見せたい部分には、欅が使われていました。水押、船梁、台、化粧板、寄掛、ちりなどです。20分の1の模型ではあまりはっきりした板目を見せると不自然なので、正目材を用いました。寄掛だけは、板目を見せたいので、細かな板目が見える別材を用意しました。模型でも精度と強度が出るので、欅は非常に使いやすい材料です。なお、瀬戸内の造船では、これらの部分に楠(くすのき)が使われていたようです。

②  松 (まつ)

 船の土台といえる航(船底材)には、松の大板が使われました。白山丸の実船では、厚み8寸(24㎝)、幅5尺(1.5m)、長さ40尺(17m)で、3材を合わせて使用しました。松を使う理由は油脂を豊富に含んで水に強いことでした。佐渡を含め北陸で造船に使われた松はアカマツでした。代用品を使うのを避けると、意外に入手が難しかったですが、苦労して入手したアカマツは、脂の乗った美しい材でした。

③  杉 (すぎ)

  船の外板である中棚、上棚や剝付には、杉が使われていました。外板は曲げ加工に適した材料であることが実船、模型共に重要であり、マゲワッパの素材となる杉が適しています。佐渡の杉は良材として定評があるようですが、今回は入手できなかったため、秋田杉の美しい四方正目材を入手しました。この他、帆柱と帆桁、甲板に当たる矢倉板の素材にも杉が使われています。
 この四方正目材は、柱材でした。市内花川北の坂下建具製作所さんにご協力いただき、指定した厚みの板材に挽き割っていただいきました。きわめて丁寧な仕事をしていただき感謝しています。

 

④  檜(ひのき)

  垣立には檜が使われていました。
 垣立の部材は、寸法が非常に多様です。番屋の時には切り出していましたが、今回は、檜角材を購入することにしました。最も多用する垣柱の素材は7×4mmですが、これは当初予定していた東急ハンズでは取り扱っていませんでした。ネットで探すと、この寸法も含め多様な在庫を確保している専門店を見つけ、ここから購入することができました。


⑤ 樫(カシ)
 

強度が要求される舵の身木と轆轤には、樫が使われていました。近くのホームセンターで一部にヒビがあるツルハシの柄に100円の値札がついていました。まったく問題ないので購入しました。
 

大材の切り出しは、花川北の坂下建具製作所さんにご協力いただいた。


材木の入手先は次の通りです。
・欅    ウッドショップ関口 
・杉・アカマツ  木心庵
・檜  レモン画翠 

調査のおまけ

 

 

 1月にフランスを旅行した際に、パリの国立海洋博物館を見学することができました。19世紀末にこの博物館の館長を勤めたF.E.パリスは、海軍中将として退役するまでに3度の世界一周を経験しています。日本でも多くの船を調査していますが、その一艘として1869年に函館で実測した「北の船」の図面を残しています。

 このことは知っていたのですが、驚いたのは、図面だけでなく、その調査にもとづいた北前船の模型が残され、展示されていたことです。パリスの図面とそれにもとづく模型には、海事の専門家でなくては気づかなかったであろう北前船の特色が見られます。基本的な間違いは少なくありませんが、興味深い資料です。
 帰国してから、国立歴史民俗博物館に行ってきました。見ごたえのある北前船の模型と展示に感動しました。それにしても、うわさ以上に遠いところにあり、さらに事故でJRのダイヤが乱れたこともあり、他の博物館、資料館はパスしてしまいました。


作業の方針と下準備

 今まで、私は材料を大きなまま入手し、帯ノコで挽き割ってから、手押しカンナ盤、自動カンナ盤で、厚みを調整しています。厚みが4㎜以下になると割れることが多いので、自動送りのやすり・ドラムサンダーを使用します。
 厚みが決まってから、テーブルソーやルーターテーブルを用いて幅と長さを切り出します。
 今回からは自宅の狭い部屋で作業をするため、厚み出しなどの準備作業は専門家にお願いしたり、角材などの製品を購入したりして、負担を軽減することにしました。
 秋田スギの四方柾柱材を薄板に挽き割る作業は、市役所向かいの坂下建具製作所さんにお願いしました。
 檜材は、必要寸法に近い材を購入しました。
 実際の造船では焼き曲げという技術を使っていたそうですが、白山丸復元と同じく蒸気を用いる工法を使うこととし、北海道開拓の村で馬橇の台木を加工する道具として展示紹介されている蒸篭を参考に自作したものを使います。以前に自作した蒸篭を車庫から工房に運んできました。微妙な曲げ木には、バイオリンの側板加工用のベンディングアイロンを使用します。アイロンをも持ちいる方法も試すことにします。部分的には電子レンジでフニャフニャにする方法も併用します。
 工具としては、ウッドクランプを補充すると共に、作業台に取り付ける角度を自由に変えることができるクランプを購入しました。


 写真上は、工房(趣味の部屋)の内部です。手狭ではありますが、機能的には、ほぼ全てといって差し支えない木工機械がそろっていますので、どのような加工にも対応できるはずです。

 

12月30日(金)~1月3日(月)
水押の加工他

   
  年末年始休業日に入り、作業をスタートしました。
 欅の部材切り出しから加工を始めます。
 大きな部材から木取りする原則に従い、長材の「台」(垣立のベースでもある構造材)を確保し、次に大きな「水押」をバンドソーで切り出します。必要な厚みに対して10mm余分があったので、こちらに引っ越してから初めて自動カンナを使いました。最も騒音が大きいだろうと思っていたのですが、家族の話ではほとんど気にならなかったそうです。
 周波数が低いことが好結果の原因だと思います。防音工事は予想以上の効果を挙げてくれたようです。振動が伝わるインパクトドライバを使うことを避ければ、作業時間の制約は杞憂だったようです。
 水押は厚みを決めた後、バンドソーとベルトサンダーで加工して側面の形を出しました。
最終的に5角形になる断面は、航と固定した後に加工します。

 

1月5日(木)から2月5日(日)まで

  正月休みにここまでやって、5日(木)から13日(金)まで(前後泊含め)、フランスに旅行に行ったため作業は中断。その後、たまった仕事と、訳ありのスキー指導(連盟業務)で、1月中ほとんど作業が進みませんでした。
 ただし、デスクワークによって、部材表の精査と図面の精度向上を進めました。
2月5日(日)の石狩市民スキー大会を終えて、ようやく、本格的に作業を再開する段階になりました。

 

帰国後、佐倉の国立歴史民俗博物館で、現代版北前船模型の最高峰に感激!! ん? さすが歴博!!

 

2月12日(日)~14日(火)
航の加工、水押・戸立の取り付け 

    

 実船の航は本体と側航という二種類の部材で構成されますが、強度確保のために、後から側航を付ける工法を避け、その分を含めて本体を切り出し、後から差分をルーターで切り込む方法に変更しました。
 航にはアカマツを用います。脂がのった良材を銘木店で入手できたのですが、寸法が60mm角だったため、引き割った1枚では必要な幅に届きません。実船も3材を合わせているので、同じように、3材を合わせて、必要寸法を確保することにしました。強度が必要な部分なので、はぎ合わせにはビスケットジョイントを用いました。航前半と航後半の接合にもビスケットジョイントを用いました。
 水押との取り付けには、ほぼ実船と同様の組方を用いました。正確な角度を確保するために、水押には仮の型を取り付けたまま固定し、接着完了後、必要な形にサンダーやカンナを使い削りこみました。
 戸立も強度が確保できるように取り付けました。

 

2月18日(土)~20日(月)
加敷の加工

 加敷の材料は、書籍などの資料では航と同じという記述が多いのですが、厚さ13.5mmのアカマツはまったく曲がらず加工を断念しました。
 「時代に帆を揚げて」で示された白山丸使用部材ではスギになっています。曲げやねじりのきつい部分なので、スギを使用することにしました。

 

↑ 馬そりの曲げに使われた蒸篭(せいろ)を参考に自作

  

↑左は、加敷を取り付ける実際の白山丸建造の様子。右は模型に加敷を取り付ける様子。

  
 加敷と戸立、水押に合わせて、方眼の工作用紙で型紙を作りました。多少の余裕を見て、スギを型紙のラインに切り出しました。
 蒸篭で1時間蒸しました。13.5mmという厚さなので、柔軟性がやや不足していて、さらに30分追加して蒸しました。右舷・左舷の順に仮の型にクランプで固定して安定させてから、それぞれ接着しました。先が思いやられる難しい作業でした。

 

2月22日(水)~24日(金)
図書館で構想説明 断面の仮型板切り出し 俵づくり

 2月22日に、市民図書館で開催された「石狩ガイドボランティア冬季公開講座」で、「ニシン漁と北前船~北前船入港でにぎわう明治の厚田の情景を新設道の駅に~」というテーマで、話をさせていただきました。北前船の途中経過を展示してほしいという依頼があったので、突貫工事で作業を進めました。

 
 当日は、八田美津さんがたくさんの人形を持ってきてくれたので、にぎやかな雰囲気になりました。
 このイベントを終え、新たな段階の作業に進みます。
 

 


3月05日(土)~06日(日)
基準台の設置

 

↑ 左右の高さをそろえるには、基準台が必要。デジタルハイトゲージが大活躍した

 

↑ 測定はデジタルでも加工は手業。ここでは反台カンナと南京カンナが大活躍。

 
航の幅が狭いので、断面の仮型を正確に取り付ける作業は困難でした。特に水平面からの高さをあわす作業が難航しました。また、二番船梁、航・水押端、蹴上船梁、床船梁の仮型は航に直接取り付けることはできません。
考えた末、基準台となる幅広の板を用意し、航と一体化することにしました。その際、上下に万力で挟むことができる部分も加えました。
それに先立って、可変式の万力を二つ用意し、作業台の天板に固定しています。


3月10日(金)~11日(土)
断面の仮型の取り付け

  

 断面図をプリントアウトし、9mmのシナベニアに、貼ってはがせるタイプの両面テープで貼り付けました。
 これをバンドソーで大まかに切り出し、サンダーでライン通りに削って、仮の型板を切り出しました。後から中棚と上棚をクランプで固定するための穴もあけました。
 三の間下船梁、淦間下船梁、腰当下船梁、切下船梁の4つは、最後まで残す構造材をシナベニアに両面テープで取り付けたハイブリットの仮型です。
 断面図は苦労して作図しただけに、これを使った型板を並べると、船のイメージが見えてきてうれしい気分に浸ることができました。


3月23日(木)~24日(金)
中棚後部の加工

 スギ板9mm・長材の曲げ加工と固定です。
 実船では、中棚の幅が最大2mになるので、船釘で板をはぎ合わせて幅広の材を作りますが、模型では1材で充分な幅が確保できるので、はぎ合わせは省略します。
 加敷と戸立と断面の仮型に合わせて、方眼の工作用紙で型紙を作ります。多少の予備寸法を加え、バンドソーで型紙の曲線にスギ板を切り出します。

 

↑ 今日も蒸篭が大活躍。クランプ総動員、クランプ収納場所は空っぽ。

 
 750mmの長材を自作の蒸篭で加熱しました。1時間熱を加え、クランプで断面の仮型に固定し、要求される曲がりとひねりになるまで冷やし乾燥させます。
 固ったのを待ち、かんなで隙間を調整し、タイトボンドで接着します。断面の仮型には、接着剤をつけませんが、淦間下船梁、腰当下船梁、切下船梁の下端は中棚としっかりと接着します。手持ちのクランプやハタガネを総動員する大掛かりな作業になりました。木曜に左舷、金曜に右舷の作業を行い、クランプで固定したまま、一晩置いて接着剤が固まるのを待ちました。
 左舷、右舷それぞれ翌朝早起きしにクランプをはずし、カンナで外側を調整しました。

 

3月25日(土)~26日(日)
中棚前部の四通りの加工

 

 中棚と上棚を取り付ける基準となる12枚の断面の仮型を取り付けます。
航に直接取り付けることが可能な仮型が8枚で、基準台に取り付ける仮型が4枚です。
 仮型を正確に位置決めする作業に、写真のように今回追加購入したウッドクランプが大活躍しました。仮型はミニビスで固定します。航に穴を開けたくはないのですが、完成後は見えなくなる場所なので妥協します。
 地道な段取り作業ですが、これを終えないと先に進まないので、我慢して続けます。

 
 スギの9mm板の曲げ加工と固定です。
 実船では、3枚の部材を1枚ずつ曲げてそれぞれ取り付けていますが、曲げだけでなくひねりが複雑なので、省略して1枚の部材で加工することにしました。四通りの表現は、実船でも最終的に包み板で隠れてしまうので、妥協しました。
 曲率が一番大きく難しい部分であり、難しさでは前半部のハイライトになる作業です。部材がぎりぎり電子レンジに入ったので、曲げは電子レンジとアイロンの併用を選びました。大まかな形に加工し水に浸けた材を、電子レンジ900wで表裏それぞれ3分間加熱し、その後濡らしたタオルとアルミホルにくるみ、アイロンでさらに加熱しました。
 電子レンジだけでも、必要な柔軟性は出るのですが、クランプに固定する時間を確保するために、アイロンによる加熱を追加しています。接着のオープンタイムと同じ考え方です。
 作業台上で、おおよその曲げを行ってから、カンナで隙間を調整してから、加敷や水押に固定し乾燥させます。その後、カンナで最終調整し、タイトボンドで接着しました。
 応力がかかる接着なので、固定時間を長くとることにし、土曜に左舷、日曜に右舷の作業を行い、それぞれ朝まで置くことを繰り返しました。

 

3月27日(月)~30日(日)
中棚の調整と上棚の準備

  

 一度基準台から船体をはずし、中棚の外側をカンナで削ります。水押との接合部分は、ノミで調整しました。また、曲線がきれいに出ていない部分は、サンドペーパーで調整しました。
その後、再度基準台に取り付け、上棚を取り付ける準備をしました。


3月31日(月)から4月6日(木)
上棚前半の取り付け 船らしい形が見えてきました。

 上棚を取り付けると、船の形が見えてきます。楽しみな工程です。
 実際の白山丸も、上棚は前と後ろに分け、片舷それぞれ4枚の板で構成されています。ベースになる板を前から取り付け、中間部で2重になるよう後半部をかぶせるように貼り付けます。その後、隙間を埋木でうめて、包み板をかぶせます。包み板は実船でも1寸と薄い材料です。貝が付いたり腐食したりするので、3年くらいで張り替えて、本体を守っていました。宿根木には、壁板に用済みの船の包み板を使った住宅があり、観光資源の一つになっています。
 これを1/20の模型で再現すると、包み板の厚みが1.5mmになります。できないわけではありませんが、これをどうするかは問題です。各種模型の写真を見ても、この表現は分かれているようです。1/10なら、包み板、1/20なので、省略と割り切ります。
 断面は型板に合わせ、曲線は材を蒸し曲げながら、勘に頼りながら、反代カンナ、南京カンナ、ノミを使いながら現物あわせで隙間がなくなるように削り込み、クランプを多用して締めこみます。写真のようにクランプだらけで、はみ出したタイトボンドをふき取ることができないので、放置して後から整形することにしました。
 内部をどう見せるかと言う点は最初から迷っていたところですが、右舷は1番上と1番下の板を張るだけにしました。
 左舷は型板にミニビスで仮止めして、船梁が付く段階で接着することにしました。

  

 

4月18日(火)
上棚の貼り付け完了、いよいよ形に


 とうとう上棚、後半部貼り付けが完了しました。曲げ木とカンナかけの気が遠くなるような作業が一段落しました。この後、仮の型を外し、船梁を取り付ける作業が始まります。

 

4月8日(土)
船主・やままるの布袋さん 登場

 北前船「長栄丸」の船主で、厚田の大富豪、佐藤松太郎さんがやってきました。

 松太郎さんは、福々しい顔と大きな腹を突き出した巨体だったことから、厚田の人々は親しみを込めて「ヤママル(屋号)の布袋(ほてい)さん」と呼びました。

 

 

 

 

4月21日(金)~23日(日)
船梁などの切り出し

    部材表を見ながら、船梁などの構造材を切り出していきました。部材表をシールにプリントし、一つ一つの部材に張り付けて、混乱しないようにしています。

 厚みと幅は0.1mm精度で切り出していますが、長さはどうしても現物合わせの余地が残るので、この段階では、長めに切り出しています。


4月29日(土)~5月1日(日)
仮型板外しと船梁の仮留め

 

 連休前半の作業です。上棚を張り終えたので、そのために取り付けていたベニアの仮型板を取り外すことができました。そして、ついに船梁を仮留めすることができました。上棚の内側を磨いてから船梁の細部を加工して取り付けます。急に形が見えてきました。

 

5月3日(水)
梁の調整と除棚の取り付け

  船梁を仮止めしましたが、左右の高さや、腰当船梁からの左右の距離に微妙な誤差が出ていることがわかりました。ここで手を抜くと、後からの微調整で苦労することが予想できたので、根気よく調整を繰り返します。
 次に、除棚(杉・4,5mm)と除棚化粧板(檜・3mm)を切り出し、梁を通す穴を空けました。
これらを仮止めしてから、上棚と除け棚の上端をカンナで削ります。梁の上4mmを通る曲線となるよう、4×6mmの檜角材を梁にあて、力を加えてたわませ、カンナ削りの基準面としました。
 削り終わると、すっきりとした想定通りの曲線が姿を現し、いよいよ船らしさが増してきました。

 

 

5月4日(木)~5日(金)
筒立祝

  
 実際の船では、帆柱を支える筒は、比較的早い段階で立てていますが、今回は、腰当船梁との関係で正確な角度(97.5度)を出したかったので、この段階まで後ろに持って来ました。
 その前段階で、投入(押板・甲板の支え)を入れる溝を掘る必要があったのですが、必要な4mmのストレートビットの手持ちがなかったので、ホームセンターが開店するのを待って購入してきました。
 溝堀を済ませて、準備が完了したので、守を航に固定し、筒と筒挟みを立てる作業に入ります。
家の建築で建て前を行うように、和船を作る時にも節目毎に「釿始め」、「航据祝」、「筒立祝」、「船卸し祝」といった儀式が行われます。このうち、最も重要なのは「筒立祝」で、航に筒を固定するにあたって、筒の裏下部側に四角い穴を空け、守護神である船玉を納めます。資料を参考に、夫婦の紙雛、米、銅銭、麻縄などを作り、収めることにします。親方の佐藤松太郎さんらが参加して儀式を行い、記念写真を撮影しました。
 右舷を固定して、一晩置くことができました。

 

5月6日(土)~7日(日)
構造材の取り付け

   

 構造材となる二本柱、車立などを次々取り付けていきます。位置や角度決めのために治具を用意する必要がありますが、曲げや曲線加工の難しさから解放されたまっすぐな部品を作る作業なので、快適に進んでいきます。


5月12日(金)~5月26日(金)
外艫の加工を始めました

  北前船など弁財型和船の大きな特色である外艫作りに取り掛かります。
 和船の基本構造は、水押から航、戸立と続く中心材と加敷、中棚、上棚の側板で完結します。強度的にもここまでが主体で外艫はその後ろに続く「整流部」として水の抵抗を減少させる役割を担っていたようです。外艫は部材の厚みが薄くなり、構造的を考えても強度に疑問が残ります。

 実際、時化に遭うと舵が破損し、それにたたかれるように外艫が破損したそうです。大きくそりあがった外艫は弁財型和船の大きな欠点でした。

 そうは言っても、大きくそりあがった外艫は美しく和船を印象付ける重要なデザイン的なポイントです。
 とうとうこれを手掛けることができる段階に至り、とても楽しみになってきました。

   

 模型でも、構造的に不安な要素が残る場所なので、基準になる部分しっかりと作りこむ必要があります。
 具体的には次のような作業です。
・刎木の固定・・・末端のホゾ部分の高さと開きが設計どおりになるよう蹴上船梁、床船梁に固定します。
・艫の車立にはめ込むための切り込みも加工します。
・歩桁も固定します。穴をあけ、艫の車立に差し込みます。
・大柱を所定の位置に固定します。
・底の部分は、基準となる後から見えなくなるブロックを取り付けました。

 これらを基準に、剥ぎ付け、寄掛、知利・結びは4mm合板で仮に作り固定します。
それを元に、3.75mmのスギ板を曲げ加工して調整します。

 剥ぎ付け、寄掛、知利、結びは、銅版を貼るための加工が必要なので、まずは仮の板を作りましたが、正規材を作ってから、ネジや釘を併用して固定すると強度が出るので、早い段階で正規の材に置き換えることにします。

 これらの作業によって、本当に船らしい姿が見えてくるので、楽しみながら進めて行きます。

 

5月27日(土)~6月1日(土)
最難関の作業。外艫が完成しました。

 

 外艫の寄掛に接する外板は、周囲の4面がすでに決まっていて、曲げとひねりが合わないとはめ込むことができない非常に難しい作業でした。実は右舷で3回失敗し、4枚目でようやくはめ込むことができました。

 これまでは、型紙は文字通り紙を使っていたのですが、ここでは、1MMのアクリル板を型紙にして、ようやく必要な型を写し取ることができました。(写真下左)

 加工を終えて、写真上の緑のネジで押さえている部分を押し込んだ時に、「パチン」という音がしたのには感動しました。1/10mm精度の最難関作業が終了しました。外艫外板の被せも写真右下のようにしっかりと表現できました。
 作業を中断した時期はありましたが、ここまでで、およそ半年かかりました。まだ、先は見えません。

 

6月2日(日)~6月11日(日)
台の加工

 垣立を載せる「台」を加工しました。10mmを超える欅を丁寧に曲げてひねる作業は、非常に困難でした。外艫外板で山を越えたと思っていたのですが、もう一山難関が控えていました。曲げ作業に集中しすぎて、写真を撮るのを忘れていました。企業秘密というわけではありません。


6月12日(月)から6月22日(木)
垣立の取り付け

 設計図に従い、左右の台にそれぞれ51個のホゾ穴をあけます。3.2mmのドリルビットで隣り合った2個の穴をあけ、彫刻刀で調整して四角い穴にします。角ノミを使えれば、簡単な作業ですが、垣立柱が4mm×7mmなので、角ノミを使うことはできません。小さいとはいえ、硬い欅に100を越すホゾ穴をあける作業はハードです。   
 腕が硬く張り、目も疲れ果てました。
 次に垣立柱のホゾを作ります。これは水平ルーターの独壇場といっていい作業です。あっという間に作業が終わりました。
 今度は、垣立柱に抜筋という板(2×8mm)を通す穴をあけていきます。果たしてそんなことが可能なのかと思えるような細かな作業です。ボール盤に2mmのドリルビットで下穴をあけ、その後ルーターテーブルに1.6mmのビットを取り付けて横にスライドさせていきます。1.6mmのルータービットは歯長が6mmなので、1度ではカットできず、両面から作業します。そのために作った治具は写真の通りです。
 大量生産で部材を作った後で、前端の唐貝立と後端の隅柱の加工を行います。唐貝立は横山、隅柱は天馬込という横に位置する部材と繋いで強度を確保する必要があるので、噛み合わせの微調整が必要です。 
 伝馬込前後の一番柱の間には、天馬込という横の構造材をホゾで取り付けるのでその作業も済ませておきます。
 前半部の垣立柱は、角度を持っており、後半部は台が反って、角度を持っているので、ホゾの微調整が必要です。また、貫筋を台と平行になるように曲げておくことも必要です。

 

 

 

6月24日(土)~7月12日(水)
垣立の取り付け 2


 ここまでの下準備を終えて、一番柱と垣立柱を後半部から取り付けます。雨押は、本来はホゾ組みですが、省略してダボ止めとし、笠木で跡を隠します。
 次に伝馬込部分を調整しながら取り付けます。
 最後は前半部分です。ここの難しさは、二重雨押に角度をつけた穴をあけることです。設計図をボール紙に貼り付け、角度を調整しながら、作業を進めます。この後、足洗や大筋などを取り付けました。

   

 

最近の様子

↑ 八田さんの人形が77人やってきました。船もだいぶ形になってきました。 11月

 

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