石黒隆一 (代表)

 趣味として楽しんできた木工が、いつの間にか教員としての活動にリンクしていました。浜益小学校校長の時代に、浜益在住の人形作家八田美津さんとの出会って共同作品を作るようになって、木工を生かした教材づくりと地域貢献をめざすようになりました。平成27年3月で教職生活を終えた区切りに、あいかぜ工房をスタートさせました。

(→ 木工の経験などはページ下部で紹介)

 

 渡部 剛

 

 石黒の長年にわたる相棒。抜群の企画力と渉外能力に期待しています。今はまだ、全国に1600人を抱える組織の「大親分」として多忙なので、真の実力を発揮してもらうのはもう少し先になりそうです。

 

 

↓ 真冬の川下り 前:渡部  後ろ:石黒

 

 石黒美香子

 

 「おはなし」(昔話や各国の民話などを本を使わずに、口で伝える活動)をはじめ、読書活動に長年かかわってきました。

 石黒隆一、八田美津さんのコラボ作品の小物作りを担当しています。三平汁やごはんなどを丁寧に作っていましたが、浜益鰊場物語では「間に合わない」という二人の悲鳴に同情して、莫大な数のニシンづくりを担当。さらに、生活用具も担当し木工の腕を上げてきました。

 

 

 

 

   

 

 八田美津さん (顧問:パートナー)

 

 浜益の伝統を伝える人形作家として有名です。詳しい紹介はこちらから。「こだま会」の中心メンバーとして、浜益の歴史を調べ、絵本作りなどに反映させてきた実績をお持ちです。豊かな人脈を生かしてしっかりと考証を行っていることが、八田さんの人形の存在感を高めています。この姿勢に私たちも大きな影響を受けています。

 

 

 

八田さんは、平成28年9月に、石狩市市制施行20周年記念表彰を受けています。

 その表彰理由をご紹介します。

 

主な功労の内容

 平成3年より地域の歴史を探り活性化に繋げることを目的とした団体「こだま会」を設立。代表として活躍され、浜益地区の昔話を題材に演劇や創作舞踊などを手掛ける。      
 代表的な成果として「子はたき音頭」(ふるさと祭りで演舞)などの創作舞踊、「浜益昔話(全19話)」(市HPで公開、絵本、単行本、紙芝居)の創作、浜益弁かるたの創作等があげられる。

 また平成17年からは個人でマイネッタ(石粉粘土)や発泡スチロールを駆使し浜益区の歴史を彩る表情豊かな創作人形づくりに手掛け、公共施設等で展覧会を開催するなど、長年にわたり伝統文化の継承、発展に寄与している。

→ 「浜益昔話(全19話)」石狩市ホームページ内

表彰の対象となる主な経歴

◎ 平成3年11月から平成21年3月まで
 「こだま会」の代表として演劇(浜益小劇場の前身)、創作舞踊(子はたき音頭など)、浜益昔話、浜益弁かるたなどの創作を手掛ける。
◎平成17年4月から現在まで
 個人にて創作人形づくりを開始。昭和初~中期の鰊漁や農作業、生活の様子を表情豊かに表現する作品となっており、市役所、支所、浜益温泉などで「浜益ふるさと創作人形展」を開催。平成24年に鰊漁で栄えた白鳥漁場の活気(労働作業の様子や番屋での暮らし)を再現作成されたジオラマに展示し、はまます郷土資料館で鑑賞できる。
これまで500体を超える作品数を数える。(継続中)

これまでの表彰歴

 平成24年1月31日 石狩市教育委員会表彰(教育功労表彰)
 平成22年7月18日 2010ふれあい広場いしかりノーマライゼーション賞

 

 

石黒隆一の木工歴 「木道楽」

 

 子どもの頃から物を作るのが大好きで、器用さだけは誰にも負けない変な自信がありました。教員のスタートが小学校だったので、本業の社会科よりも、子どもたちのアイデアを一緒に形にしていく図工の時間が楽しみでした。
 そんな初任の釧路時代に「KAKIのウッドワーキング」という本に出会いました。家具作家として人気が高い柿谷誠氏(故人)が、修行時代に手工具で身に付けた技術を公開し、無垢材をほぞ組で加工する本格的な家具作りを解説した名著です。まさかアマチュアでこんな物を作る人はいないだろうと思いながら、心惹かれてその本を購入しました。
 その「まさか」に手を出してしまったのが、自宅を建てた25年前です。まだ給料も安い若い時代でした。安価なえぞ松を使い、椅子、食卓テーブル、ベンチ、食器棚、ベッドなどを、汗まみれになりながら手カンナを引いて作ってしまいました。熟読した前述の本がヨーロッパの農民家具をデザインの基本にしていたため、素朴な味でゆったりした空間を演出する自慢の家具ができました。


 その後、使う木材がホワイトオークやウォールナットなど広葉樹に替わり、技術が向上し、取り寄せた洋書にデザインの範をとるようになりましたが、素朴な味の家具作りは今に続く趣味です。額などの小物を少しずつ作っては勤務する学校に置いてきました。
 状況が一変したのは、千歳市立緑小学校50周年の時です。記念事業の一環として、「子ども達がわくわくする楽しい学校環境を」と、実行委員会で様々なアイデアを出し合いました。目玉はみんなが座れる大型ベンチ。どうせ作るならSL型。それも千歳を走っていた王子製紙の「山線鉄道」に・・・。夢が広がりました。
 実は緑小に着任した年に、テーブルソー、手押しカンナ盤、自動カンナ盤、帯ノコ盤、角ノミ盤、定置ベルトサンダーを手に入れていたのです。中学校ではこっそり使うことができた技術室の木工機械が、いろいろな物を作りたい小学校には存在しなかったからでした。やろうと思えば夢を実現できる環境は整っていたのです。
 50周年事業費で購入した約1 トンの楢材を、おやじの会の皆さんと一緒に加工していきました。火曜日と木曜日の19時から2時間。約半年作業を続け、1学年分・約70人の子どもが座れるSL型ベンチが完成しました。この時、共に流した汗と分かち合った完成の喜びは、今も私の財産です。そして、その時の仲間とは今も変わらない友情で結ばれています。緑小の新しいシンボルとなったこの作品の趣旨と制作の経緯は、道教委のホームページ「北海道教育の風景」に紹介していただいています。

 

 緑小の後は、校長として浜益小学校に赴任することになりました。引っ越し荷物に紛れ込んだ木工機械を、不思議そうな顔をしながら運んでくれた先生たちや保護者の皆さんにすまないので、まずは以前の設計図が残っていた本棚を作りました。
 さて、浜益では地域の昔懐かしい情景を表現して、広く道内で人気が高い八田美津さんという創作人形作家が活躍されています。着任してすぐの5月に浜益温泉で行われた大規模な作品展で、人形のすばらしさと八田さんの故郷への想いに感動しました。
 その後、ご縁があって人形の小道具作りをお手伝いさせていただくことになりました。きっかけは馬橇作りでした。かつて浜益の生活を支えた馬たちが活躍する情景を作りたいと考えた八田さんは、私が作った本棚のことを子どもたちから聞き、馬橇作りを頼んでみようと思ったそうです。うれしいご依頼だったのでさっそく協力させていただくことにしました。浜益に残る馬具を見たり開拓記念館に行って資料を調べたりして、造材山で使われたバチバチ橇と花嫁さんが乗ってきた柴巻橇の二つの橇を作りました。新作の人形と完成した馬橇を見たお年寄りが「昔は確かにこうだった」と懐かしんで下さり、大変好評でした。
 その後、「止まらなくて困ったさ」というくらい、八田さんの創作意欲に火がつきました。餅つき、鰊漁、稲刈り、様々な情景を再現したいという相談をいただきました。資料を調べたり、地域のお年寄りから昔の生活をお聞きしたりして、浜益のかつての生活を再現する八田さんとのコラボ作品作りを楽しませていただくことになりました。
 八田さんとは、その後ずっとパートナーとして、共同で作品作りを続けています。代表作として、「浜益鰊場物語」を完成させることができました。
 これらの作品が、子どもたちが地域の歴史を知る教材、故郷のすばらしさを再発見する糸口になってくれればと願っています。 (2011年7月:浜益時代)


(石黒隆一略歴)

1955年 札幌市生まれ

1974年3月 北海道大学 文学部卒業 哲学科社会学専攻

その後 厚岸町立床潭小 教諭

厚田村立古潭中、石狩市立花川南中、樽川中、北広島市立広葉中 教諭(社会科) 

厚田村立厚田中、千歳市立緑小 教頭 

石狩市立浜益小学校、江別市立江別太小学校 校長

2016年3月に教職にピリオド。 4月から石狩市教育委員会勤務(非常勤)

5月 あいかぜ工房をスタート 

木工以外の趣味・特技 スキー:SAJ指導員(石狩スキー連盟副会長) カヌー・シーカヤック